フライフィッシング備忘録

時々シングル・アンダーハンドキャスティング探検隊 Flyfishing Notebook
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2011年9月台風12号 奈良県天川村坪内地区水害について


奈良県天川村(坪内地区)では2011年台風12号による大きな被害が出た。

現場を知る釣り人の視点でしか語ることができないが、各報道の発表やTwitterなどから収集した情報を、現時点(2011年9月8日)で整理しておく。

天川水系全体像は天川漁協河川マップを参照のこと。この地図の中央部に坪内地区が位置している。

坪内地区では全68世帯の9割が浸水し、二階部分まで達したところもある。

坪内地区と言えば、天川C&Rエリアの最上流部に位置し、道路からのアクセスもよく、入渓点としても多くの釣り人が利用している所だ。僕自身、深夜にこの現場に到着し、朝まで仮眠というパターンで釣りを開始していた縁の深い場所である。


tubonouchi1.jpg

上の画像はGoogle Earthで作製した坪内地区の水害現場付近の俯瞰図。真上からではなく、ある程度の傾斜をもって斜め上から見ている形。

ちなみに、前述の天川漁協河川マップとは南北が逆転状態に近いが、現場を訪れる釣り人の感覚からして上のGoogle画像の方が実感が湧きやすいと思う。

目印になるポイントを矢印で示した。画面左が上流、右が下流でさらに1kmほど下ると九尾ダムがある。

現状で今回の水害の直接的な原因は、中学校下流部で県道側に土砂崩れが起き、それが天然ダムとなって川をせき止めてしまったことによるとされる。下流部の九尾ダムが満水になった訳ではなさそうだ。

土砂崩れによってせき止められた川の上流側での増水はあっという間で、中学校に隣接する村営住宅(中学校職員宿舎でもある)を押し流した。

土砂崩れによる天然ダムは一夜明けて決壊し、水位は次第に下がる。

坪内地区の水害

上の画像は9月6日、水位が低下してから撮影された天川中学校と流された職員宿舎。対岸からの撮影。(出典はMSN産経ニュース

中学校舎も二階部分まで浸水。体育館壁面に水位がわかる跡が付いていると思う。

車が数台停まっているのは中学校のグランドだが、もとは当然ながら川側には金網のフェンスがあった。川にそったグランドの一部が土台ごとそのまま流失したのだ。

金網のフェンスには、「C&Rエリア」の大きな看板があったのを思い起こされる。ここは平水時には解禁当初のライズポイントとして多くのフライマンが訪れるところだ。

そう、平水時にはかなり穏やかな流れなのだ。金網フェンスを土台ごと持って行かれるような事態になることは想像に難い。

(画像を見る限り、この時点の水位は平水時よりもまだ2〜3mは高いと思われる)

この宿舎に住んでいて流されたと思われる講師の方は現時点9月8日15時で発見の情報を未確認。現在も捜索は続き、一刻も早い発見を願うばかりだ。


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弁天橋が完全に冠水していた

benten2.jpg

この画像は平水時の弁天橋である。冒頭のGoogle Earth画像で左に位置する橋。
この弁天橋がいわゆるC&Rエリア最上流の目印である。天河大弁財天社に至る橋の一つ。

さて、この弁天橋が今度の水害ではなんと橋の欄干まで冠水したという証言がある。

上の画像で橋の下に「チョン」と縦に黒いスジが見える。これが河原に立つ人間のサイズである。

benten1.jpg

上の画像は平水時に弁天橋下から見上げたアングル。今年の早春に撮影。

川面にライズリングが見える。ここも平水時にはそれくらい穏やかなのだ。
(50cm/sec な感じ)

坪内C&R

上の画像は本年8月25日に撮影した弁天橋の遠景。天川中学校から少し上流部の河原より。こんな広い河原が水で一杯に。

撮影当日、上流の川迫川などにも回っていたが、雨脚が早くなり、危険を感じて早々に退散した。よって釣行記録はない。

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天河大弁財天社 社務所浸水 太鼓橋が流出していた

下の画像は天河大弁財天社の正面鳥居。(本年3月撮影)

tenkawa_jin1.jpg

上の画像で鳥居の向こうに太鼓橋と左奥が社務所である。

本殿はここから更に石段を昇って数m上にあり、かろうじて難を免れた。

さて、証言によると水は社務所の床上、人の背丈ほどに達したという。

tenkawa_jin2.jpg

この画像は太鼓橋を別アングルで。この橋が流される。橋そのものの自重でそこにあっただけで固定はされておらずか?(橋は流されると言うか、少し移動していたということを10日に確認)

ある程度(と言っても十分に被害甚大だが)の浸水はあったにせよ、最重要部の社殿に水が至らなかったことは不幸中の幸いとしか言えない。

===

平安期にまで遡る天川の歴史のひとこまを描いた絵巻物があるらしい。

そこには現在の坪内地区と天河大弁財天社が描かれているそうで、絵巻物の当時に天河大弁財天社は川の真ん中の島に位置しているらしい。もしかするとその昔(少なくとも千年以上前)、坪内地区は小高い天河大弁財天社を残して川の底だったのかも知れない。

また「坪内」という地名はもとは「壺(ツボ)内」の意味があったかも知れないと感じている。

冒頭のGoogle Earthの画像でも、坪内地区は広くすり鉢状にくぼんでいる場所である。この地形は天川村全体としても特異である。

もうひとつ、坪内地区下流(冒頭GoogleEarth画像で右側)はこの流域としては川の屈曲がかなり激しい。何かトラブルが出そうな予感がないとは言えない。

それから、地滑りで崩落したという山の斜面(天然ダムの原因となった)は、素人目にはさほど急峻とも思えないのだが。

しかし、やはりこれらの山肌は植林された杉なのである。これほどに降った雨では広葉樹林の山であろうが深層崩壊として崩れてはいる。それでも杉の山よりマシではないのかと思えてならない。天川流域で植林の杉以外の原生林を見ようと思えば神童子谷まで遡る必要があるのだ。

9月9日追記

航空写真によって詳しい崩落箇所などがわかった。

リンク先の画像を180度回転させると、このブログのGoogle Earth 画像と向きが一致します。


続きのページでは個人的な感想などを


 正直なところ、今回の水害ではちょっとした喪失感があった

僕は釣りそのものと、釣りにまつわる何かをしているときに以外はまったくピンと来ない生活を送っていると常日頃から感じている。

パソコンの画面をにらんでSEOをやっていたり、新製品のコピーを考えたり、いやはやこんなことがだから何なんだ!と強く感じる日々。うまくできてあたりまえで充実感などという感じはとおの昔に失った感じだ。(50代に及んでこんなことを言っているようではまったくをもってどうしようもないヤツなんだが)

ところが釣りとなると、たとえボーズでも充実を感じるのはなぜだろうと昔からの疑問だ。

現代の生活では糧を得るのにあまりにも回りくどい情報化がある。しかし「釣り」という行為はそもそもが糧を得るための直接的な行為だったと思う。

ただし、現代において趣味の釣りは「糧を得る行為」のポーズをして本能に開いた穴を埋めているといった感じだろうか。

それでも月に一度か二度の釣り(糧を得る本能の埋め合わせ)が精神の支えになってるのはまぎれもない事実だと感じざるを得ない。

そうだ「天川へ行けば幸せになれる」それが今の状態なのである。

ところが、その天川が、C&Rエリアが、いつも車を停めていたあの場所が、いつも目に入ってた中学校が、先生が、静かに釣り人を受け入れてくれていたあの場所が、少なくとも今は失われた状態だ。

(災害)ボランティアなど

9月8日に正式にボランティアセンターが立ち上がり(天川村社協災害ボランティアセンター)、ボランティアの受付が始まった。

それ以前に、少し落ち着いたところで村役場にも電話していて、とにかく行ってみるかと何度思ったことか知れないが、なんの伝手もなく個人が飛び込んでも混乱の元になるや等とも考えた。(現に飛び込み個人参加の方も。これを否定するわけではありません。)

現在のところ、公的には募集ボランティアは奈良県在住の方とあり、考えてみれば先に自助ありきかとも思われた。

それではと、遠回りではあるが、長い目てみて「僕の幸せな場所」の援護を押し進めることをしようと思う。

天川村へのふるさと納税とか、天川村特別村民といったこともある。

これらのことで思い起こされ、いつも頭にあったのが「釣りっぱなしの釣り人であっていいのか」という疑問。

川のために、自然のために何かしなきゃならんと思うのだ。


追記:

Twitterでは今回の災害でも一瞬にして多量に情報収集が可能だった。流された宿舎に子供の頃に住んでいたという人にもすぐにコンタクトが取れるほどなのである。

そこで見るつぶやきの多くは天川と天川村を愛してやまない人々の物だったことが印象的だった。ただの一度しか訪れていなくても「あんな美しいところが」といった書込みが多数なのだ。

9月10日追記

本日一枚のハガキが郵便受けに。

kanturi_2011.jpg

天川漁協から管理釣り場オープンのお知らせ。(災害前に投函か??と)

消印は9月9日下市局とある。と、言うことは。

今年もやるんだ管釣り! がんばれ天川!
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この記事に対するコメント

山崩れの写真情報をありがとうございました。実は、実家が坪内にあり、気になって現場写真を探していたのですが、あきらめかけた矢先にこのページに辿り着きました。
この週末には、実家の復旧作業に帰ろうと思っています。
ちなみに、実家は弁財天社の右下付近です。
重ねてありがとうございました。
水口 | 2011/09/09 12:48 PM
追記:

広がる支援の輪−天川村での災害ボランティア募集受け付け終了

奈良経済新聞より
http://nara.keizai.biz/headline/629/

天川村での作業は比較的はかどっているそうだ。
Yujiro | 2011/09/09 6:41 PM
水口さん

このたびの水害で被害に遭われた方に改めてお見舞い申し上げます。

天川村は僕にとって第二の古里と言ってもよいほどに親しい場所となっています。

釣りに行くたびに、妻曰く「天河弁財天さんにお祈りしてから釣るんだよ」と。

土日にかけて雨の予報が出ています。災害復旧ではどうかお気を付けください。安全をお祈りします。
Yujiro | 2011/09/09 6:47 PM
Yujiroさんお久しぶりです。詳しい情報ありがとうございます。
本当に大変な事になってしまいました。
いつもお世話になっている天川村がこの様な災害にあうとは想像もしていませんでした。
私も何か出来る事が無いか、とりあえず往くだけ往って視ようか悩みましたが、じゃまになるだけかもしれないと想い自重しました。
今現在、自分になにが出来るか自問自答しています。
門真市在住 | 2011/09/09 10:06 PM
門真市在住さん

いやー、僕も行こうかどうしようかと悩みました。むしろ行きたかったのを押さえましたですね。

現状ではボランティアも人員的には募集人数に達している様子。作業もはかどっているらしく、胸をなで下ろしております。

ところで、9日現在の漁協報告では上流部で水位50cmプラスとのこと。これならちょっとした大雨程度でもあり得る水位ですね。水が引くのも早いです。(この上流部というのがどこを指しているのか不明ですが)

とりあえず、私ら釣り人が、この川を本当に愛して止まない人々の筆頭にあるはず。何かしたいですね。
Yujiro | 2011/09/09 11:44 PM
天河大弁財天社の太鼓橋は少し移動した程度。

http://yfrog.com/gynlhxbj
Yujiro | 2011/09/10 3:28 PM
9月10日に天川漁協から管釣りオープン案内のハガキ。

消印は9月9日。ことしもやれます。良かった。

ブログ本文に追記しました。
Yujiro | 2011/09/10 5:02 PM
川合付近のライブカメラ影像。

http://www.kcn.jp/contents/live/tenkawa.html

もとは石がなかったところに石が見えると思う。
Yujiro | 2011/09/10 5:21 PM
天川坪内地区。使えなくなった家財道具の集積場所。

http://yfrog.com/mft8tij
Yujiro | 2011/09/10 5:35 PM
一方の十津川はさらに被害甚大。

被害状況の報道のひとこまに、昔バイクツーリングでよく泊まった民宿が出ていた。あちらも美しい渓流がたくさんあるんだが。
Yujiro | 2011/09/12 6:31 PM
かなり水位があったときの弁天橋。

http://ameblo.jp/2718k/image-11015058171-11477224472.html

欄干が冠水どころのさわぎを通り越していたんだ。
Yujiro | 2011/09/12 11:47 PM
9月13日をもって天川村ボランティアセンターは閉鎖

http://www.shakyo.or.jp/hp/news/detail.php?s=1243&a=1280

Yujiro | 2011/09/13 1:29 PM
不明女性講師の遺体確認
http://so-cafe.info/atl/62866cgK/
大雑把に言って10km以上流されていたことになる。
Yujiro | 2011/09/14 5:26 PM
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